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「無理をしない」という先代の言葉     (有)若松煙火製造所 インタビュー 聞き手 大島 公司 

規模の拡大や利益の追求を優先するのではなく、安全で心が動く花火を届ける。それを何よりも大切にする、という意味で先代は使っていました。経営者としては消極的で、キレイごとに聞こえるような言葉かもしれません。時代錯誤や経営者失格と言う方もいるでしょう。しかし、いかにも職人然としたこの言葉は、私たちにとって迷ったときの拠りしろです。


ノルマは無し
「この期日までに○発つくる」「去年比○%の利益をあげる」こういったノルマにより、たくさんの花火玉を作ることができ、利益も増えるのかもしれません。しかし、丁寧さを欠いたり、安全面が疎かになっては意味がありません。それならば非効率でも、順を踏み、ひとつひとつ花火玉を作ることを選びます。


基本的な花火玉も自分の手で作る
例え難易度が低くても、仕入れた花火玉の方が安上がりだとしても、私たちは自分の手で作ることを止めません。作らなければ、手が忘れます。基本を忘れてしまえば、これまでにない花火玉など作れません。自分の手で作れば、打ち上げの職人にも自信をもって渡せます。


打ち上げ現場では「プラス一」
規模や準備時間を考えれば2人で済むような現場でも、3人を配置します。この「プラス一」の人員配置が余裕のある現場を生み、安全管理や万が一の際に役に立つと考えるからです。
花火を観る人の想いはそれぞれだと思います。観ないと夏が終われないという人。美しさと迫力を一身に感じたいという人。また、鎮魂の想いをもって観る人もいるでしょう。
しかし、それらは花火が安全に打ち上がってこそ、与えることのできるギフトであり、果たすことのできる役割です。それをクリアすることを前提に、職人は、より心が動きだす花火を追求することが許されるのです。


安全で心を動かす花火を届けること
それが、明治の創業から守り続けてきたゆるぎのない信念であり、若松煙火の職人が存在する理由なのだと考えます。


火薬の配合に始まり、お客さんの前で花火玉を打ち上げる。花火は各工程が専門の職人による分業で成り立っています。ひとりが気をぬいた仕事をすれば、他でいくら手をかけたとしてもよくなることはありません。さらに言えば、それぞれが仕事を全うするだけでも、充分ではないのです。心を動かす花火の影には、いいチームがある。花火は部品の集合体ではないのです。


危ない仕事だからこそ冗談語り合いながら
昔に比べて火薬の安全性が高まったと言われていますが、それでも扱い方を間違えれば危ないことに変わりはありません。だからこそ時には冗談を語り合い、緊張をほぐしながら作業する。締めるところは締めて、抜くところは抜く。ベテランの職人がつくりだす空気。これも、次代に受け継いでいくべき技のひとつです。


ひとつの大きな家族という意識
お茶を飲んだり、お昼を食べたり、寝転んだり。休み時間には、職人みんなで畳の部屋に集まります。花火のことから、昨日の夕食、野菜の育ち具合まで話題は縦横無尽。張りつめた緊張感とは無縁で、居間のような心地良い空気が流れています。最盛期の前には、工場で丸めたお餅で決起会。秋になれば大鍋を持ち込んでの芋煮会。こうやって育んだ家族意識が、花火玉にも、きっと伝播してくのだと信じています。


創業から130年余りが経ちました
古い言い方ですが、花火師の仕事は[キツい][汚い][臭い]の3Kだと言われていました。それでもこうして続いてきたのは、花火が好きで好きでたまらなかった先人たちのおかげです。

若松煙火をこれまで支えてくれた先人も、今、若松煙火を支えてくれている職人も、ただただ花火が好きなのです。

好きな花火づくりがこうして続けられることへの感謝と敬意を忘れず、時代が変わっても自分たちの手で花火玉を作っていこうと考えています。

「製造所たれ」

若松煙火の花火師に受け継がれてきた言葉を信じて。

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